4/30/2013
4/29/2013
藁の楯
20:50福岡空港発のANA272便で帰京。
きのうはレイトショーで「相棒シリーズ X DAY」、きょうは昼に「藁の楯」を見た。
「相棒シリーズ X DAY」は相変わらず映画になると酷いという相棒シリーズらしい映画だった。基本は質の悪い陰謀論(金融庁が金融機関とグルになって国債暴落・通貨危機のシミュレーションとしてシステム障害を起こしているという荒唐無稽なもの)なのだが、これはもうそういう設定なのでこれを笑っても仕方がないのでこれはよしとしよう。だが、ディテールがおかしいのはどうしようもない。たとえば、このシステム障害を起こす謎のデータを金融機関から入手しようとするのだが、このとき今回の主役である田中圭(サイバー犯罪担当専門捜査官)と川原和久(伊丹刑事)がそのデータ(CD-R)の取り合いをしつこくするのだが、伊丹刑事はともかく、田中圭は専門家なんだからさっさとデータコピーして渡せばいいのになぜかモノであるCD-Rを取り合う。そのほか予告編で1万円札が街に舞っているシーンがあったのだが、このシーンは本編では現金輸送車から現金を持ち出したときにたまたまジュラルミンケースが開いて風に吹かれて舞っているというほとんどコントみたいな設定だった。
「藁の楯」の方は三池崇史らしい映画といえば三池らしい映画だった。これも大前提(10億円の報酬で少女殺人犯の清丸の殺害を募る)が荒唐無稽なのでこれをまず受け入れるかどうかで作品にはいれるかどうかが決まる。常識で考えればヤクザみたいなのを雇って殺させるほうが確実だし、そもそも日本には死刑があるので殺したいというだけだったら司法に任せたところで結果は一緒だ(清丸はこの事件の前に同じく少女殺人で服役しているので、出所後また少女を殺したとなれば死刑は回避できない)。そういう意味では山口母子殺人事件のような葛藤がそもそも無いので前提に無理がある。新幹線内(これは台湾新幹線ロケで撮影されているのがちょっと面白かった)で一般人がいるのに銃で撃ちまくりとか、前半では大沢たかおも松嶋菜々子も警護のプロに徹しているのに後半はしょうもないミスや温情的な行動で隙を作ったりして行動に統一性がない。ただ、清丸役の藤原竜也はサイコパスらしく最後までムチャクチャな人格をうまく演じていたと思う。岸谷五朗が最初から怪しすぎたのと永山絢斗がうるさすぎたのはどうかと思う。
4/27/2013
4/21/2013
平成25年度春期情報処理技術者試験プロジェクトマネージャ
今日は朝から国分寺の東京学芸大学で平成25年度春期情報処理技術者試験プロジェクトマネージャの試験。
東京学芸大学は初めてだったが、国立なので教室が汚い。床に長い髪の毛がたくさん落ちているのだが、試験の規則上カバンは床に置かなければならないのがすごく嫌だった。
きょうは割りとできた方だが、やはり午後Ⅱの試験がイマイチ。二時間ほぼ書き詰めなのでとにかく手が痛い。
試験の後、ユナイテッド・シネマとしまえんで「リンカーン」を見る。ダニエル・デイ=ルイスのリンカーン役はアカデミー賞をとったので言うべきものは特にないが、良かったと思ったのはサディアス・スティーヴンスを演じたトミー・リー・ジョーンズだ。トミー・リー・ジョーンズの映画といえば真っ先にMIBが思い浮かぶが、ここでのトミー・リー・ジョーンズは偏屈で過激な奴隷制度反対の理想主義者だ。合衆国憲法修正第13条をめぐる攻防でサディアス・スティーヴンスが見せる大きな決断はまさに歴史を動かすための大きな決断だった。ある種自分の信念を捨てて議会に阿るのだが、後でそれを詰られた時の言葉がまさにこの修正第13条にかける思いをあらわしていたといえるだろう。
ちなみに、イギリスの貴族のトイレにワシントン大統領の肖像画が飾られていたというエピソードの日本語訳はちょっとお上品すぎるような気がする。もっと下品に「なるほど、英国人は毎日ワシントン大統領の姿を見てクソをもらしてるわけですね」くらいでもよかった。
4/19/2013
ハーゲンダッツ
ハーゲンダッツの店舗が日本からなくなるという。
これを扱ったネットの話題で興味深かったのは、「ハーゲンダッツに店舗なんかあったのか」という声が結構多かったことだ。おそらく若い人にとってはハーゲンダッツとはコンビニで買う高級アイスクリームであり、個別の店で食べたり買ったりするものという意識はほとんどないようだ。
調べてみると、ハーゲンダッツが日本に上陸したのは1984年で青山店が第1号らしい。つまりバブル前夜。その翌年には関西地区に店舗がオープンしている。その頃はホブソンズなども有名だった。私が大学に入ったのが1986年でその頃にはホワイティ梅田にハーゲンダッツの店舗があり長い行列ができていたのを覚えている。もちろんその頃の流行りだったので私も並んだことがある。その後バブル真っ盛りの1990年頃には、戎橋の北側のビル(キリンプラザ大阪の向かい)の1階にド派手な店舗がオープンし、なんばで飲んだ後に寄ってハーゲンダッツのアイスを食べながら御堂筋を歩いて帰ったことも多かった。バブル後、それらの店舗もいつの間にかなくなり、ハーゲンダッツといえばコンビニで買うものになって久しい。
サーティーワンやホブソンズはいまだにあちこちに店舗があり、それなりに営業しているようだが、あのバブルのころのような感じとはちょっと違っている。今やショッピングモールの風景に溶け込んでいていわゆるプレミアム感というものはなくなってしまった。
ショッピングモールの単なる一店舗ではなく、独立したアイスクリーム専門店というものが存在し、それに長い行列ができるというのもある種バブル期独特の風景だったのだろう。
4/14/2013
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